ゼミでの教訓を社会人でも。
お久しぶりです。
今日で4年間の学生生活が終わり、明日からはいよいよ社会人としての新生活がスタートします。
3月はなるべく多くの人と会うようにして時間を使っていたので、ちょっと遊びすぎたかなという気持ちもありましたが、充実した時間が過ごせたかなと思います。
4年間、本当にあっという間でした。
あっという間だったけど、今まで生きてきた中で1番濃い時間でした。
一人暮らしを始めて、
アルバイトを始めて、
部活に入って、
ゼミにも入って、
インターンもやって、、
それぞれの場所で色んな人に出会って、色んな考え方や価値観に触れて刺激をもらいました。
そんな4年間の中でも一番身についてよかったなと思うことがあります。
それは森田ゼミの教訓でもある「迷ったらGO」です。
大学2年生ぐらいまでの私はそれはそれは一歩を踏み出すのに時間がかかる人間でした。
「いざやってみて興味を持ってなかったらどうしよう」
とか
「本当に自分のためになるのかな」
とか悩むのはいいけど、悩んでもどうしようもない所で止まっていたこともありました。
そんな時にいつも思い出して、自分を動かしていたのが「迷ったらGO」でした。
この言葉を思い出した時の私の行動力はなぜか爆上がりで、「まぁ、やってみらんと分からんしな」モードで心に少し余裕もって飛び込むことができました。
就職活動が終わって、長期インターンを始めようかなと思った時はもうほぼ迷わずにGOで応募していた自分にはびっくりしました。笑
確実に良い方向に変われたかなと思えた瞬間です。
明日からいよいよ社会人になります。
リモートなので不安だらけです。
ですが、やるしか道がありません。
しばらくは言われたことをできるようにするので精一杯になりそうです。
慣れてきたら悩むこともでてくるのかな。
その時は余裕モードになれる迷ったらGOを思い出してとりあえず飛び込んでみようと思います。
ブログも節目の時は書けるように続けれたらいいなぁと思います。
文字に残すことはやっぱり大事ですね。
よーーし、明日に備えて早く寝ます。
良い新年度を迎えられますように。
ゼミ選びについて
こんにちは!キドです。
今日は2年生の皆さんの力に少しでもなれればと思い、以下の3点ついてブログを書いていこうと思います!
・私のゼミ選び
・森田先生について
・他のゼミについて
私のゼミ選び
私は元々1年生の時から基礎ゼミで森田先生にお世話になっていて、2年生からも森田ゼミがいいな〜と思いながら、ゼミ選びを始めました。
特に意識して見ていたのは、先生とゼミ生の雰囲気が自分と合うかと実際に研究する内容です。
雰囲気とか掴むのは今年は特に難しいと思うので、そういう時は知っている先輩に聞いてみたり、先生方のSNSを見たりしてみてください!少しは情報が得られたり、雰囲気が分かったりすると思います。
研究の内容に関しては当時の私が抱いていたイメージですが、森田ゼミは先輩方が「100年後の歯磨き」を研究していたこともあって未来のモノやサービスを考えるのかなぁと漠然と思っていました。
他にも色んな企業の人のお話を聞いたり、実際に研修にいったりすることもあるという内容も聞いていたので、様々な業界のことが学べそうだなぁとワクワクしたので森田ゼミに応募することに決めました。
森田先生について
森田先生は一言でいうと「見えている世界の高さが富士山くらい高くて、かつ全てを許容します」みたいな人です。
ちょっと分かりにくい例えしますね。(いや、するな)
物事を理解するまでの過程が1〜5まであるとします。
例えば私が「1ですか?」って聞いたら先生は「5ですね」って答えるんですね。この時点では、なんで5になるのかまるで意味が分からないんですよね、つまりどういうことですか!って言いたくなっちゃうんですよ。でも、すぐに答えを求めずになんで5になるんだろうっていうこの「なんで」をちゃんと考えて、「2ですか?」って聞いたら、先生は一段下がって「4ですかねぇ」っておっしゃるんですね。ここでなぜ5なのかがなんとなくだけど分かって、「じゃあ3ということだから、4と5になるんですね!!」っていう部分で合致して理解がめちゃくちゃ深まるみたいな、、そんなイメージです。

こんなテキトーすぎる図で伝わるかしら…
とにかく思考のプロセスに対して貪欲に貪欲に向き合うというイメージを持っていただけたらと思います。(考えまくって糖分使うのですごくお腹減ります。)
私は今まで先生やゼミのみんなとこういう作業をたくさん繰り返してきて、少しずつだけど理解して、見える範囲を高くするための階段を登ってきたのかなという事をこの2年間を振り返って感じています。
他のゼミについて
すごく教えたいのは山々なんだけど、ゼミに所属してる友達があんまりいなくてですね…。雰囲気とか詳しいことはあんまり分からないけど、関わりがあるゼミがあるので、当時入るか迷ったゼミと合わせて紹介しますね。
【迷ったゼミ】
当時の印象だけど、、
伊藤ゼミ→先生とゼミ生の仲が良く、雰囲気も優しい感じ。保険に詳しくなれそう。
藤野ゼミ→創業体験プログラム(今もやってるのかな?)が楽しそう!先生がゼミ生にめちゃくちゃ愛されている。
雰囲気は?先輩たちとの繋がりは?興味は?みたいな度合いで見ていたので、雰囲気とかは森田ゼミと少し似てるか、こちらがクセ強いかくらいだと思います。笑笑
【個人的な関わりがあるゼミ】
私はゼミナール連合部という全国規模の討論大会を運営している部活動に所属しているんですが、商学部でいうと木幡ゼミ、山本ゼミ、村上ゼミ、松永ゼミは毎年この討論大会に3年生の時に参加して頂いてます。部員としての関わりしかありませんが、どのゼミも素敵な先生とゼミ生ばかりな印象です。
他の大学の人たちとお互いの研究内容について意見交換してみたい!という人はぜひこの4つのゼミも覗いてみてくださいね!!
もちろん部員も募集してますので!部活の方にも興味があるという方はぜひご連絡ください!!
最後に
ゼミに入らない道を選ぶというのも私は全然アリだと思っています。
やりたいことがゼミにはないから留学にいったり、個人で好きなことの勉強を始めたり、ゼミに入ったけど辞めて今から新しいことを始めようとしていたり…。私の周りにはゼミに入っていなくてもキラキラしていて尊敬できる友人が沢山います。
もちろんゼミに入ったからこそ出会える友人や経験もかけがえのない財産になると思います。
どちらの道を選んでも何の間違いもありません!!
ゼミに入りたい人はゼミに入ることではなく、「入った後の自分」を考えてみてくださいね!!
あと、私のブログだけだと絶っっ対に分かりにくいと思うので、他の人のブログもぜひ読んでみてください😊
大変な時期だと思いますが、一緒に頑張りましょうね!
体のストレスが歯茎に現れた話
こんにちは。キドです。
突然ですが、今日はとんでもなく私の歯茎が痛くなった話をします。
コトの発端は一昨日の深夜2時過ぎ、ヤツは突然やってきました。(いや、まじほんと)
ん、なんか歯茎に違和感…?こんぐらいだったらよくあるくらいの痛みやな?でした。最初は。
そもそも深夜に何してるんやって感じなんですけど、溜まりまくってたSPIをやってました。(自分でも深夜2時にやるのはアホと思ってました)
深夜3時。
ふーやっと終わったぁ!とリラックスした瞬間を狙ったかのようにヤツは牙を剥きます。
え、痛い…痛い痛い痛い痛い痛ァァァァァ!!!
人生で経験したことあるかないかくらい痛い!何事や!とパニックになりました。
思い当たることがあるとすれば、晩ご飯にちゃんと洗えていなくて、土とかがついてしまったほうれん草を食べたことでした。
絶対にほうれん草のせいだと信じて疑わなかった私の深夜の格闘がコチラです。

どさくさに紛れてほうれん草の洗い方のポイント学んでるのウケるな。
色々と格闘しましたが、得られた答えはただ一つ。
歯医者にいきましょう^_^
うん、まぁそうですよね。とりあえず寝ようと思って布団に入りましたが、痛すぎて全く眠れず…。保冷剤で冷やしながら気絶するように朝5時に眠りにつきました。
そして朝7時、、あまりに痛すぎて目覚める。
歯の上に歯茎が被さるくらい腫れてしまってて、口が閉じれないし、開くこともできない。ゼリーなら食べれるかなと思ったけどそれすら食べられませんでした。笑
もうこれはいかんと思い朝イチで歯医者さん予約して行ってきました。
病院で診察してもらった結果、原因はほうれん草だけじゃありませんでした。就活とかコロナの影響とかこういう状況でのストレスもあるだろうし、深夜3時まで起きてるような生活リズム崩しまくった生活送ってるし、いろんな要因が重なったんでしょうとのことでした。普通なら土ついたほうれん草食べたぐらいで歯茎は腫れないそうなのでご安心ください。(^_^)
その後は薬を処方してもらって今はずいぶん落ち着きました!!!!
思えば高校生の時もストレスでお腹痛くて立ち上がれなくなったし、大学に入って一人暮らし始めた時も体調崩してインフルエンザとかに感染したりしていたなぁと思います。今回の件は完全に私が悪いけど、心は元気なのに体がついていかない状態に自分はよくなることと、こんな状況だからこそ改めて自分の体のこととか健康に向き合わないとだよなと思いました。
ここまで書いてきましたが何が言いたいかっていうと2つです。
1つ目は自分の力を過信しすぎないこと。就活やコロナで焦って、やることを詰め込みすぎて自分で自分を追い詰めてしまってたなと反省しました。何年も前からストレスを感じたら自分はこうなるって分かっていたのに、自分管理がまたできなかったなーと。
2つ目はやっぱり健康でいることが何よりも大切ってことです!!こうなる度に親に心配かけてしまって本当に申し訳なく思います。健康が1番って当たり前に言うけど、当たり前の状態で居続けることって簡単じゃないですね。
みなさん、自分の体大事にしましょうね!!!!
そしてほうれん草さん!疑って申し訳ございませんでした!!
以上!私の歯茎激痛事件でした!!!
自信がないのは準備不足のせい
こんにちは!お久しぶりすぎるブログです。
就活もついに本格的に始まっていますね。
昨日興味ある企業の社長の経歴を調べたらハーバード大学院卒でおったまげているキドです。
昨日、企業の人事の方とお話する機会をモリタ先生が設けてくださったので参加してきました。
私の結論から申し上げますね。
✔️情報収集のレベルを上げろ!
✔️深く考える事は大事!でも考えすぎはダメ!
✔️ワクワクを伝えたいなら共感と手段を意識してみよう
です。いきなり熱血モードですみません。なんか燃えました。
・情報収集のレベルを上げる=準備を徹底する
よく業界研究とか企業研究とかってどこから調べたらいいか分からない、どこまで調べたらいいか分からないって言う人いますよね。分かります。私もです。
でも、その謎の答えが昨日解けました。
A.どこまでとかない。全部だよ。
by お2人
誰しも好きなアーティストとかYouTuberとか尊敬している人とかいると思うんですが、その人のこと経歴から出身地から好きな物ものまでめちゃくちゃ調べたりしませんか?それと一緒なんだそうです。
好きだから、気になるから常に最新の情報を調べて取り込もうとしちゃいますよね。ここまで調べたから満足なんてなったことないですよね。私も好きなアーティストがいるので、すごく共感してしまいました。
会社も一緒で、メインの事業の他にもどんな事業に取り組んでいるのか、どんな人がいるのか、関連会社や子会社はどんな会社なのか、など使えるツールは全て使って調べていくべきだとアドバイスして頂きました。
逆に調べていくとだんだん自分の大切なものも見えてきて、少し違うかもしれないな、この会社じゃないかもしれないなということも分かるようになるそうです。
・深く考えるのはいい、でも考えすぎはダメ
これは昨日解散してから学生で意見交換をした時に思いました。
みんな何かしらやりたいことはあるように見えました。でも自分の中での優先順位だったり問題だったりにぶつかってすごく悩んでいました。
確かに今はそういう時期でたくさん悩んでよく考えていかなくてはいけないと思います。でも同じところをグルグルして結局何もスッキリせず、じゃあ頑張ろうねって終わることが多いです。
しかし、先生や人事の方からみたら答えは「悩むんならやってみたらいいじゃない」の1つです。たぶん親に聞いてもそう返ってくる。私もそんな友人がいてそう言ったことがあります。でもはたから見たら私もそんな風に悩んでる就活生の一人にすぎません。たぶん自分でも分かってるから背中を押してもらうその一言が欲しかったのかなぁと思います。
なんかまとまらないんですけど、自分の中で悩んだらシンプルに人に聞く!教えてもらう!まずやってみてから、もう一段階上に進んでから悩む人間にならねばと思いました。
・ワクワクを伝えたいなら共感と手段を意識する
これは人事の方流の考え方です。
ワクワク=共感×手段
例えば好きな会社があったとして、どうしたらこの好きな気持ちが伝わるか、自分の強みや価値観が会社に生かせるのかということを具体的に手段として伝えられば相手もすごく興味を持ってもらえるそうです。
これができるようになるためにもやっぱり必要なのは情報収集や、面接対策などの準備に尽きると思います。
あくまで私の考えですが、案が独創的で面白いということよりも、なんでそれをやりたいのか、実現したときに会社にとってどんな影響があるのかということを詳しく話せることの方が大事な気がします。。
実はこのことは先日行ったインターンでも人事の方に指摘されたんです。
「せっかく論理的に分かりやすく意見を言ってるのに、自信がなさそうに見える。結果的に主張が弱くなっちゃってるから案にもあんまり反映されてないね。」
その通りだと思いました。自信がある人は前日にものすごく調べて来ていて、意見がそうである理由もはっきりと言えていたからです。比べて私は意見は言えるけど理由を問われたらしっかり答えられるほどの自信はありませんでした。
だからこのことと昨日のことが繋がって、やっぱり準備が大切なんだなと改めて感じました。
なんとかなるはなんとかならないと身をもって感じたので、自分で準備できるところは万全に、先生や友達に頼れるとこは躊躇わずに就活を乗り越えて行こうと思います。
ゼミ⑱ ゼミ長崎研修〜音楽編〜
こんにちは!毎日暑すぎて溶けそうですね🔥
そして、更新遅くなってしまい申し訳ありません🙇
今回は7月13日にゼミのみんなで長崎大学を訪問し教育学部の西田先生から音楽について学ばせて頂いたのでその事について書こうと思います。
長崎!地元!みんなようこそ!って気持ちでした😊
まず、音楽の授業を受ける前に事前課題として自分にとっての音楽とそのつながりをマインドマップに表してみました。

私は好きなアーティストやアルバイト(ミュージカル関係)の影響かもしれませんが、音楽は表現するもの・コミュニティをつくるものだという印象が強く、自分と直接というよりかは少し客観的に捉えていたのかなと思います。
こう考えていたのもあって、授業は歌ったり踊ったりするんだろうな〜と思っていました。
当日は稀に見るくらいの土砂降りでしたが西田先生をはじめ、長崎大学の学生さんも4人参加して頂き、とても濃くて充実した時間を過ごすことができました。

ワークショップでのルール
●遊び心を大切に
●他者の表現を自分のことのように大切にする
✔︎音遊び
最初は隣の人に音のなる小物をリズムに合わせて単純に手渡していくというものだったのですがこれが中々上手くいかず、途中で落としまくる人が続出していました。笑
でも、西田先生もいってたけど落とさないようにするよりもそのまま続けることのほうが断然よくて、その場限りで繰り返しが聞かない音楽を楽しもうっていう言葉がすごく心に残りました。
そして、ドラムサークルというみんなで好きな楽器、リズムで即興で演奏することもしました。

私はこの時のことが1番印象に残ってます。なぜかというとみんなが今まで見たことないくらいキラキラした顔で演奏していたからです。いつも明るい人も控えめな人もすっごく生き生きしてて、初めてみる表情が見られてなんかすごく嬉しかったです。
そして即興演奏の時でも自由に好き勝手にやっているはずなのに無意識に周りの音を聞いてて、それに合うリズムを考えて、実際に試して…っていうのを繰り返していて、上手く言えないけどめっちゃ音楽してる!っていう気分になれました。
楽譜通りじゃなくても、ピアノやギターが弾けなくても、また言葉がなくても音楽って奏でられるんだなということを身をもって感じることができたし、音楽は自分でも考えていた以上に気楽で自由なものなんだなと思いました。
✔︎グループワーク
次4種類のカードを使って自由にリズムを作り出すというグループワークを行いました。


たった4種類のカードの組み合わせだけなのに出来上がるリズムは無限にあって、しかも振り付けや掛け声などを組み合わせてさらに磨きあげているグループもいて音楽ってこうやって楽しむんだなと感じました。
西田先生もいってたけど、こういうのっていかに気楽に取り組めるか・アホになれるかが鍵で、まさに楽しんだもん勝ちなんだなぁと思います。
自分自身が楽しんで取り組んでいるとより良いものを作ろうという姿勢とか、意見とかがびっくりするくらいポンポンでてきて、それだけ本気でやってたんだなと振り返ってみて気づきました。楽しんで取り組めれば少しのミスでもいちいち気にしないで次にいくことができたから、普段の生活でも"もっと気楽に楽しむ"という気持ちを忘れないようにしたいです。
✔︎耳で感じる音楽
後半は視覚を遮断して耳だけで感じる音楽を学びました。
風景のことをランドスケープというように音がつくる風景をサウンドスケープといいます。

みんなで外に出て目をつぶってペアの人の声を頼りに大学内を歩きました。
当たり前かもしれないけど、人間って目からの情報がほとんどだから視覚が無くなったら聴覚と触覚に頼るしかなくて、なんか少し先で音がするとか、ここは草が生えている道だとか目が見えないだけで他の部分を倍に研ぎ澄まさないといけない分疲れるし、何より怖いという気持ちになりました。
音楽は耳で聞くことが当たり前だと思っていたけれど、いざ耳だけにしてみると私たちはいかに普段から目で音を見ていたんだろうということを学びました。
そのあとは教室に戻って今度は耳だけを使って音を聞きました。
1番近い音、遠い音、大きな音、小さな音、高い音、低い音…意識してみると普段全く気にしない音が聞こえてきて、車が通り過ぎた音とか雫が落ちる音とか自然と情景が浮かんですごく不思議でした。
このような様々な音楽のワークを通じて西田先生から"unlearnすることの大切さ"を学びました。
unlearnは学びほぐすこと。今まで積み重なって凝り固まった概念をもう一度見直すことが今回実際に体験することを通して学ぶことができたと思います。
事前課題で、音楽=表現するもの、コミュニティをつくるものだと私は考えていました。歌ったり、楽器を弾いたりして人を魅了させることが音楽の役割みたいなものだと思っていて、でも結果としてそれが間違っていたわけではなくて、今回を通して"あ、これも音楽なんだ"という感じでどんどん枠が広がっていく感じがしました。
そりゃそうですよね。小さい頃は自然の音とか手拍子とかで音楽という言葉通りに音を楽しんでいたはずなのに、成長とともに知らず知らずのうちにこんなものだって概念を創り上げてしまってて、無意識って時には恐ろしいものだなと思いました。今回はそんな凝り固まっていた概念をもう一度ときほぐす時間だったと思います。
だから、私たちは本当は音楽とは何か知っていたはずだよな····とも思いました。
そういうことに気づけた意味でも今回の音楽のワークはすごく有意義で楽しい時間だったなと思います。西田先生、長崎大学のみなさん本当にありがとうございました!!
最後に今まで哲学、旅、文学、音楽と4つの分野を学んできての総まとめを。
総じて感じたのは教養は意識的に取り組まないと触れる機会が少ないのに得られる学びはとても大きくて深いということ。それってとてももったいないし損している気しかしない。
旅や音楽みたいに今までの考え方が覆されたり、哲学や文学で考えたことがないようなことを考えたり…どれも実際にやってみて本気で考えて初めて学べました。
unlearnして型に囚われないで、でも正解はなくて、ひたすら考えてあー!やっぱりわからん!ってなってもその過程はきっと自分の財産になると思うので、これからも積極的に教養に関わっていこうという気持ちになりました。
以上です!!
ゼミ⑯&⑰ 文学完結編
こんにちは!
お久しぶりの更新になってしまいました…。
先週のゼミblogが更新できなかったので、文学の内容2回分をまとめて書いていこうと思います!
前回からの課題である①クローン人間を創り出すことの是非、②自己肯定感はどうすれば実感できるかの2つをグループワークで考えました。
まずはクローン人間について。
初めに自分のアイデア(考え)をなんでもいいからばーっと書き出していきました。

なんでもいいのに(正確には賛成意見も思いついていたけど)なぜか反対派の意見しか書きませんでした。なぜだろう。
そして、ペアになって出た意見を主観的賛成、主観的反対、客観的賛成、客観的反対の4つに分類しました。

ペアの人も反対意見ばかりで見事なほどに賛成意見がありませんでした。
比べてみると私は単純に気持ち悪いから、理想通りになってくれないなどの主観的な意見が多く、ペアの人は倫理はどうなってしまうのかとか戦争に使われるのではという客観的な意見が多かったです。
【みんなの意見】

石川先生が青い部分の意見を出してくれたのですが、自分の仕事をやらせるとか誰もが1番最初に思いつくのに謎の自制が働いて書くとこや発表するとこまでこないのはなぜなんだろうと仰っていて確かに不思議だなぁと感じました。
話はちょっと変わりますが前回から私が触れているアンパンマンにでてくるフランケンロボくんについてお話します。
(書きたくなってしまったので笑)

フランケンロボくんは、ばいきんまんがアンパンマンを倒すために創り出したロボットで、生みの親であるばいきんまんのことをパパと呼んで尊敬しています。しかし気弱な性格でアンパンマンを倒すのには全く役に立たなかったため、ばいきんまんはゴミ箱にフランケンロボくんを捨ててしまいます。その時に雷に打たれてしまい、体中に電気を帯びてしまい、触った人を感電させてしまう体になってしまいました。
フランケンロボくんは街の人たちと友達になろうとしますが、常に電気を帯びているため握手をすると相手がしびれてしまう。そんな状況を見てばいきんまんはフランケンロボを利用してアンパンマンを倒そうと考える
〜〜(続く)〜〜
みたいなお話なんですけども、お気づきのようにフランケンロボくんも「怪物」と同じように造り主の勝手な意図で生まれ、無責任に捨てられているんです!!!
怪物は「醜い容姿」で、フランケンロボくんは「電気を帯びた体」でそれぞれ周囲から距離を置かれてしまいます。なんとも切ないお話なんですよ…。
しかし、アンパンマンの優しい世界では差別は起こらないんです。フランケンロボくんはアンパンマンの提案で普段はとうだいまんに電気を供給するお仕事をしています。
人間の世界も同じで、クローンを受け入れるか受け入れないかの価値観1つで変わると思うんです。今までの歴史が積み重なってクローンを創り出すことが禁止されているような社会が出来上がっているのなら、これからまた長い時間をかけて人間とクローンが共存できる社会も実現する可能性はあるかもなとアンパンマンの世界をみて思いました。
AIがだんだんと現代社会に浸透していってるのと同じようなもんですかね。
でも人種差別や女性差別みたいに昔から根強く残っているものもありますし…。優劣をつける社会ではなくて、どっちも大事っていう社会を創るのは難しいですよね。うーん。やっぱり分からないなぁ……。
でもこうやって分からないけど考えて、また考え直していくことが社会を良くするヒントに繋がっていくんでしょうね。negative capability、大事にします!
次に自己肯定感を実感するにはどうすればいいかについて。
私は前回のblogにも書いたように関係の浅い人よりも深い人(家族とか)から認められたり、肯定されたりすることで得られるのではと考えていました。
みんなの意見を聞いていると私みたいに他者が関係するという人と、周りから左右されるものではなく自分次第だと考える人の2つに話が分かれました。
私は自分の存在意義や考え方って、他者から評価されたり認められたりして初めて成り立つと考えていたけど、全部が全部そうかって言われたら分からなくなってしまいました。
だって、現にこういうblogやTwitterのどうでもいいツイートとかInstagramとかは誰からも評価されなくても自由に自分の考えを発信できる場じゃないですか。
そう考えたら誰からも評価されない意見や考え方はこの世に星の数ほどあるわけで…
関係ないと思ってても、いいねが多い投稿とか評価された考え方とかがどうしても目や耳に入ってくる時代だから、知らないうちに基準ができててそれが自然と身についてしまっているのかな…?
え、でもやっぱり家族とか恋人とか自分の身近な人に肯定してもらうんだったら関係ないのか??(ふりだしに戻る)
ぬおーわからんってなってたら、石川先生が夫婦は1番身近に自己肯定感を与え合える仲ですよねって仰ってて、やっぱり!!?ってなりました。
でも、自分の考えの中に自己肯定は自分次第だという考えが全くなかったので、自分の中での考え方が広まったというか、見える範囲が変わってもう一度考え直すことができたのは学びになりました。
【文学に取り組んでみての感想】
・文学が身近な存在になった
・感想は多様だからこそ共有するべき
・誰かになれる経験を大事にする
・成長=経験値=読書体験
中学生の頃から自然と本をあまり読まなくなりました。元々本が大好きで、本屋さんに行った時はそれこそパッケージ買いをするのですが、読むのに時間がかかりすぎて途中でやめたり、買って満足することが多かったです。
でも、裏を返していつでも好きな時にやめられる=いつでも読めるのが文学の良いところだから時間がかかってもいいから私も本を持ち歩いてみようと思いました。
必ず読み返すタイミングがくるって石川先生も仰ってたので、本棚の本を久しぶりにひっぱり出して読んでみようと思います。
身近にある自分以外の誰かになれる経験を手放さないように大切していきたいな。

☝︎しっかりゴム手袋してるんですよ笑
それではまた!
ゼミ⑯ 文学〜フランケンシュタイン〜
こんにちは!
今日からのゼミblogは教養祭り第3弾と致しまして文学をテーマに書いていこうと思います。
講師として福岡大学の石川先生にお越しいただきました。先生は福大では英語を教えているそうですが、本当はイギリス文学を専門に研究されていて、学生時代は今回の題材であるメアリー・シュリーのフランケンシュタインで卒論を書いたそうです。
まず、文学とはそもそも何なのだろう?ということから教えていただきました。
私の文学に対するイメージは、昔の歴史のある書物とか物語などの「昔の読み物」という印象が強かったのですが、実はとても幅広くて漫画や音楽、小説や舞台なども文学に含まれるんだそうです。
石川先生は文学をフィクション・ノンフィクションを問わず、自分ではない誰かになりきることが可能なエンターテイメントの一種。登場人物たちの人生や感情を楽しむことができるものだとおっしゃっていました。
そんなエンターテイメントたちには共通して言葉が存在します。いつの時代も本や音楽、舞台などを通して人々は自分ではない誰かになりきり、その物語の中の人生や感情を楽しむことでワクワク感やドキドキ感を得ていたから、現在まで文学はツールとしての形を変えながらも発展し残り続けてきたのだと思います。
そんな文学を通して学べることがあります。それは、人間とか何かです。
作品の中には当時の時代の文化を知る手がかりがたくさん散りばめられています。
今回のフランケンシュタインでいえば、出版された当時は女性の権利が全くない時代で、女性が本を出すことはおろか家からも出してはもらえませんでした。それでもメアリーは本を出したかったため、最初は匿名で出版されたそうです。
このように時代背景を知ってから物語を読むとまた違った視点で読むこともできますし、感想も違ってくるのではないかなと思います。
マンガやドラマ、舞台だと想像しなくても実際にその当時の様子が見えるので本と読み比べて考えるのも面白そうだなと思いました。
もう1つ、学んだ言葉があるので紹介します。
【negative capability】
→答えが出ない(わからない)状態を敢えて放置すること。
ネタバレになってしまいますが、フランケンシュタインは本当にこれでいいのか?!と思うくらいスッキリしない結末で終わってしまいます。実はこれは著者メアリーがわざとそういう風にしているのです。このことによって私たち読者はたぶん〜だなとか絶対〜なったな、と考えを突き詰める→答えが出ない→放置ということを繰り返すことでその度に人間とは何かを学ぶことにつながっているのではないでしょうか。
またこのnegative capabilityは他の人の意見を聞き入れやすくするとも言われています。
誰しも答えが出ないとき、分からない時は他の人を意見や考えを聞こうとすると思います。この姿勢がとても大事で新たな考えに触れることで、自分の考えをもう一度見直すという作業ができます。
哲学の時は中途半端でも答えをだそうという考えだったけど、上記のようなことを何度もやった上でみたいな感じだったので矛盾しているようで同じようなことなのかもなと思いました。
最後に課題を考えます!!
⒈人間(クローン人間)を作り出すことの是非
結論からいうと、反対です。
主観的ですが良いか悪いかっていう問題より自分のクローンも、他人のクローンも必要ないし存在してほしくないなという嫌悪感があります。
クローンが存在していたら確かに課題をやってくれたり、代わりに働いてくれたりと便利で助かる部分もあるかもしれません。最初はクローン側もできることが増えて喜ぶでしょう。しかし、私はクローンもあくまでも"人間"としてこの世に生み出されてくる以上、本の中での怪物のように自分なりの考えや価値観、感情を持つはずだと思います。
上手にいえませんが、私はもうこの時点で見た目は全く一緒なのに、自分とは全く違う人間が存在しているようにしか感じられないです。クローンに家族を取られたら、クローンが私より優秀になって"私"として生きていくことになったら、、考えるだけでゾッとします。
また、石川先生もおっしゃっていましたが、あと10年もすると人間のクローンを創り出せる技術は存在するようになるそうです。(もしかしたらすでに創れるかも)
では、もしクローン人間を創れるとしたらどうやって創るのでしょうか?
クローン人間の作製には、女性の卵子から核を取り除き、そこに別の人間の体細胞から取り出した核を移植してクローン胚をつくる方法がある。このようにしてできたクローン胚は、女性の子宮に戻して着床させると、成長してクローン人間になる。
クローン人間が生まれてくるメカニズムは人間と同じ。つまり、自分のクローンとして創るためには人の成長と同じくらい手間暇がかかるということです。望んで誰かの代わりのクローンならともかく、ここまでの時間とお金をかけてまで自分のクローン人間を創り出す必要ってあるのかな?と現実的な部分でも考えさせられました。
2.自己肯定感はどうすれば実感できるのか
自己肯定感の意味が曖昧だったので調べてみました。
自分のあり方を積極的に評価できる感情、自らの価値や存在意義を肯定できる感情などを意味する語。 自己否定の感情と対をなす感情とされる。
私はずばり自分に身近な人から評価、肯定された時に実感していると考えます。
承認欲求の面で言うとInstagramのいいねみたいに不特定多数から承認を得たい人と、この人からのいいねが欲しい!っていう人がいると思います。私は後者の立場なので承認欲求なら関係の浅い人がよりも関係が深い人に求めてしまう傾向があると思います。
自分より他人の方が優れてみえる、うらやましいと思ってしまうのは、なんでもかんでも目に見えてしまう時代になってしまったからじゃないのかなぁ。
ついつい人と比べてしまいがちで自己否定に陥ることもあるけど、それを打ち明けて相談にのってくれる存在がいるっていうことはとても自分の中で大きいなと感じました。
最後に私の中のフランケンシュタインのイメージ、アンパンマンのフランケンロボくんを添えておきます。

更新おそくなって申し訳ございません。
それではまた次回。